寄贈詩集について

最近でも、寄贈詩集は届く。私の方は個人詩誌も中断している最中なのに、詩集の出版は盛んのようだ。

先日も詩集の予告のはがきが届いた。その末尾には「詩に疎ましそうな富山の地に一石を」投じたいときされてあった。だけどナンで私ごとき単なる詩の書き手に送って来られたのか良く解らない。

詩書や詩集のたぐいは高額だし、ほとんどが自主出版で申し訳ないというおもいしかない。そのうえ中身がよおければありがたいのだが…。

すべてがそのような自分の好みに合った詩集かと云えばそうとはかぎらない。むろん寄贈者の気持ちもよくわかる。かつて私も著名な詩人に自作の詩集を寄贈していたのだから。お礼のはがき一枚いただいて喜んでいた頃が懐かしく思い返される。

当時の私には今回のはがきのように富山の地に一石を投じるという意識はなかったように思う。送られてきた詩集はとても立派な詩趣であった。しかしなかなかじっくりと読む気持ちにはならない。今ぱらぱらめくっているが、そのうちじっくり目を通しながら、読み進めるときがくるにちがいない。それまでしばらくおあづけしたい詩集である。

ちなみに今、未読の詩集が6冊ある。気分しだいで読み進めたるだけだ。

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