美空ひばりが聴けない知識人
ここにその「現代日本の詩歌 吉本隆明」のなかの美空ひばりの部分を抜き書きしてみたい。読まれた方も多いと思いますが。
「私は美空ひばりさんという歌手を世界的な歌手として、とても高く評価している。日本語の唄を欧米の有名なコンサートホールで歌っても、現地のひとにきちんと通じる歌手だ。うまさ、雰囲気、表現力。欧米の人も、世界的レベルの歌手だとすぐわかるだろう。日本人のクラシック音楽の歌手は、日本ではうまいかもしれないけれど、世界レベルにはなかなか達しない。欧米では日本人でもこれぐらいは歌えるのかと珍しがられるだけだ。でも美空ひばりさんは実力で、海外の聴衆を驚嘆せるだろう。」ここまで読まれれば、後は省略しても美空ひばりに対する評価は十分伝わるだろうが、もう少し先まで抜き書してみます。
「日本の歌曲の特徴は、それは演歌の特徴といってもいいが、言葉をメロディ−にしてしまい、同時にメロディ−を言葉として聴くことが出来る云う点にある。」
この箇所はまさしく卓見であろう。
「美空ひばりさんはこのような日本人に最大限訴える歌い方をしている。たとえば、「ひばりの佐渡情話」に特徴的なのだが、高い声でのばす部分がある。音に過ぎないのだけれど、ひばりは言葉として歌い、日本の聴衆は言葉として聴いている。美空ひばりさんの歌声は単なる音でなく、表面に現れない意味が一杯に詰まっている。日本の知識人は、演歌を低俗だと退けたり、演歌に感心するのを恥ずかしいと思ったりする人がいる。一方、日本の大衆は演歌が好きで、美空ひばりさんが特権手にすぐれていることを知っている。両者の間には深い溝がある。」と吉本氏は述べている。
ここまで大変、長い引用になってしまったが、これほど丁寧にわかりやすく美空ひばりと演歌についての優位性を述べた評論も少ないだろう。というか、私は知らない。今日はここで一応、終わりとします。この先の美空ひばりが亡き後の演歌については別の機会に考えたい。
「私は美空ひばりさんという歌手を世界的な歌手として、とても高く評価している。日本語の唄を欧米の有名なコンサートホールで歌っても、現地のひとにきちんと通じる歌手だ。うまさ、雰囲気、表現力。欧米の人も、世界的レベルの歌手だとすぐわかるだろう。日本人のクラシック音楽の歌手は、日本ではうまいかもしれないけれど、世界レベルにはなかなか達しない。欧米では日本人でもこれぐらいは歌えるのかと珍しがられるだけだ。でも美空ひばりさんは実力で、海外の聴衆を驚嘆せるだろう。」ここまで読まれれば、後は省略しても美空ひばりに対する評価は十分伝わるだろうが、もう少し先まで抜き書してみます。
「日本の歌曲の特徴は、それは演歌の特徴といってもいいが、言葉をメロディ−にしてしまい、同時にメロディ−を言葉として聴くことが出来る云う点にある。」
この箇所はまさしく卓見であろう。
「美空ひばりさんはこのような日本人に最大限訴える歌い方をしている。たとえば、「ひばりの佐渡情話」に特徴的なのだが、高い声でのばす部分がある。音に過ぎないのだけれど、ひばりは言葉として歌い、日本の聴衆は言葉として聴いている。美空ひばりさんの歌声は単なる音でなく、表面に現れない意味が一杯に詰まっている。日本の知識人は、演歌を低俗だと退けたり、演歌に感心するのを恥ずかしいと思ったりする人がいる。一方、日本の大衆は演歌が好きで、美空ひばりさんが特権手にすぐれていることを知っている。両者の間には深い溝がある。」と吉本氏は述べている。
ここまで大変、長い引用になってしまったが、これほど丁寧にわかりやすく美空ひばりと演歌についての優位性を述べた評論も少ないだろう。というか、私は知らない。今日はここで一応、終わりとします。この先の美空ひばりが亡き後の演歌については別の機会に考えたい。
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