山茶花とさざんか、そして椿
寒風に耐えて咲く花には山茶花と椿があって、たしかにまちがいやすいといわれる。
中国では「山茶花」とかいて「椿」のことを指すそうですが、日本では昔の人が間違えたまま定着したということです。昔は「さんさか」「さんちゃか」と云っていたのですが、いつのまにか、音韻転倒して「さんさか」「さざんか」となったということです。
それにしても大川栄作の「さざんかの宿」を「山茶花の宿」と表記しても同じくらいヒットしたかどうか、表記がすごく気になります。
椿は「日本のバラ」とよばれて、欧米でも人気が高いそうですが、かたや「山茶花」はめだたずひっそりと咲く、控えめなイメージの花とされいます。まさに演歌の「さざんかの宿」のヒロインにぴったりなわけですね。(椿については今回は深くふれる余裕はありませんが)
もうひとつ「山茶花」といえば誰もがおもいだす、童謡「たきび」の二節目の歌詞があります。「たきび」の作詞者の巽聖歌が東京中野で散歩の途中に創ったという話しがのこっています。確かに垣根という庶民的で暖かい風景が浮かんできます。
寒風に耐えてけなげに咲く花、山茶花は冬の花として、あのあったかな「たき火」の唄をおもいださせてくれます。近頃は「たき火」にでくわすこともなくなりましたが。
中国では「山茶花」とかいて「椿」のことを指すそうですが、日本では昔の人が間違えたまま定着したということです。昔は「さんさか」「さんちゃか」と云っていたのですが、いつのまにか、音韻転倒して「さんさか」「さざんか」となったということです。
それにしても大川栄作の「さざんかの宿」を「山茶花の宿」と表記しても同じくらいヒットしたかどうか、表記がすごく気になります。
椿は「日本のバラ」とよばれて、欧米でも人気が高いそうですが、かたや「山茶花」はめだたずひっそりと咲く、控えめなイメージの花とされいます。まさに演歌の「さざんかの宿」のヒロインにぴったりなわけですね。(椿については今回は深くふれる余裕はありませんが)
もうひとつ「山茶花」といえば誰もがおもいだす、童謡「たきび」の二節目の歌詞があります。「たきび」の作詞者の巽聖歌が東京中野で散歩の途中に創ったという話しがのこっています。確かに垣根という庶民的で暖かい風景が浮かんできます。
寒風に耐えてけなげに咲く花、山茶花は冬の花として、あのあったかな「たき火」の唄をおもいださせてくれます。近頃は「たき火」にでくわすこともなくなりましたが。
運命(学)って、なに。
いわゆる運命学を勉強したわけではないが、いま入り口でまごついている。
その運命学では「占いによって、悪い結果が出たら運命が最悪にならないように努力しなさい。良い結果が出たら、その方面をのばすようにしなさい」といっている。
良いという方向を見つけることが大変ではないかと思うが、それを占いということで解決できるのかどうか、疑問は残る。だが、あれこれ占いの本を読んでみて、過去の出来事に注目したことがあった。
幕末維新から明治大正にかけての大予言者であり、易聖といわれたらしい高島嘉右衛門 という人は「ことごとく易を信ずれば、易無しにしかず」と、遺言のような一言をのこしていったという。(人生を易に頼ってばかりいるならば、易などないに等しい)という含蓄のふかい言葉である。
しかも、自分の死期を完全に言い当てていると云うことでもおどろきである。事実かどうかはある書物によるモノだが、「大正三年十月十七日没 享年は八十三歳」と位牌に書き記し、その通り静かに息を引き取ったそうである。このように位牌という形で後に残した例も希だと書いてある。
〜世の中には信じられないことがまだまだたくさんあることを知る。
それでも運命学については私のなかではまだ半信半疑なところがある。もう少しいろんな本を読んでみないとわからないだろう。いや一層、混乱するかもしれない。
その運命学では「占いによって、悪い結果が出たら運命が最悪にならないように努力しなさい。良い結果が出たら、その方面をのばすようにしなさい」といっている。
良いという方向を見つけることが大変ではないかと思うが、それを占いということで解決できるのかどうか、疑問は残る。だが、あれこれ占いの本を読んでみて、過去の出来事に注目したことがあった。
幕末維新から明治大正にかけての大予言者であり、易聖といわれたらしい高島嘉右衛門 という人は「ことごとく易を信ずれば、易無しにしかず」と、遺言のような一言をのこしていったという。(人生を易に頼ってばかりいるならば、易などないに等しい)という含蓄のふかい言葉である。
しかも、自分の死期を完全に言い当てていると云うことでもおどろきである。事実かどうかはある書物によるモノだが、「大正三年十月十七日没 享年は八十三歳」と位牌に書き記し、その通り静かに息を引き取ったそうである。このように位牌という形で後に残した例も希だと書いてある。
〜世の中には信じられないことがまだまだたくさんあることを知る。
それでも運命学については私のなかではまだ半信半疑なところがある。もう少しいろんな本を読んでみないとわからないだろう。いや一層、混乱するかもしれない。
寄贈詩集について
最近でも、寄贈詩集は届く。私の方は個人詩誌も中断している最中なのに、詩集の出版は盛んのようだ。
先日も詩集の予告のはがきが届いた。その末尾には「詩に疎ましそうな富山の地に一石を」投じたいときされてあった。だけどナンで私ごとき単なる詩の書き手に送って来られたのか良く解らない。
詩書や詩集のたぐいは高額だし、ほとんどが自主出版で申し訳ないというおもいしかない。そのうえ中身がよおければありがたいのだが…。
すべてがそのような自分の好みに合った詩集かと云えばそうとはかぎらない。むろん寄贈者の気持ちもよくわかる。かつて私も著名な詩人に自作の詩集を寄贈していたのだから。お礼のはがき一枚いただいて喜んでいた頃が懐かしく思い返される。
当時の私には今回のはがきのように富山の地に一石を投じるという意識はなかったように思う。送られてきた詩集はとても立派な詩趣であった。しかしなかなかじっくりと読む気持ちにはならない。今ぱらぱらめくっているが、そのうちじっくり目を通しながら、読み進めるときがくるにちがいない。それまでしばらくおあづけしたい詩集である。
ちなみに今、未読の詩集が6冊ある。気分しだいで読み進めたるだけだ。
先日も詩集の予告のはがきが届いた。その末尾には「詩に疎ましそうな富山の地に一石を」投じたいときされてあった。だけどナンで私ごとき単なる詩の書き手に送って来られたのか良く解らない。
詩書や詩集のたぐいは高額だし、ほとんどが自主出版で申し訳ないというおもいしかない。そのうえ中身がよおければありがたいのだが…。
すべてがそのような自分の好みに合った詩集かと云えばそうとはかぎらない。むろん寄贈者の気持ちもよくわかる。かつて私も著名な詩人に自作の詩集を寄贈していたのだから。お礼のはがき一枚いただいて喜んでいた頃が懐かしく思い返される。
当時の私には今回のはがきのように富山の地に一石を投じるという意識はなかったように思う。送られてきた詩集はとても立派な詩趣であった。しかしなかなかじっくりと読む気持ちにはならない。今ぱらぱらめくっているが、そのうちじっくり目を通しながら、読み進めるときがくるにちがいない。それまでしばらくおあづけしたい詩集である。
ちなみに今、未読の詩集が6冊ある。気分しだいで読み進めたるだけだ。
頑張るのほんとの意味は、
かつては、頑張ったけど負けたよ、とかよくつかうことばだが、この当て字の頑張るは
「頑固に主張する」とも読めてぴったりのようだけど、実は『近世上方語辞典』(前田勇著)によれば、それは間違いだそうだ。
もとは「目張」と書いていた。
やはりガンといえば目なんだ。「がんをつけやっがたな」とか 脅かされることを経験した人もいるだろう。
つまり「頑張る」とは「気をつける」「目をつける」とかの意がもとの意味のようなのである。
今でもこの頑張るという言葉をひじょうに嫌う人がいる。 国学者の山田孝雄氏などもこの頑張るは嫌われていたそうでる。たぶん、猜疑固陋な自己主張の意味も付加されて嫌われたものと思う。
今でもやくざ隠語でがんばるは「見張る」につかっているというのも、わかる気がする。
詩人で作家の室生犀星もこの「頑張る」はきらっていたようだ。 おそらく「がんばる」という語感もきらわれた理由の一つではないかと思う。あまりにも上品な語感ではないからである。
人それぞれに受け止め方が違うから「がんばれ」を、うかつにいうのもどうかと思う。
応援は応援でいいんだけど、ほかに応援の言葉がないから、つい「がんばれ」といってしまうのだけれど。(世の中には最近がんばりたくないというひとも多くなったらしいから気をつけないいけない)でも汗を流してがんばっているたとえば高校野球の練習風景をみても、 ついガンバレと言いたくなるよね。
「頑固に主張する」とも読めてぴったりのようだけど、実は『近世上方語辞典』(前田勇著)によれば、それは間違いだそうだ。
もとは「目張」と書いていた。
やはりガンといえば目なんだ。「がんをつけやっがたな」とか 脅かされることを経験した人もいるだろう。
つまり「頑張る」とは「気をつける」「目をつける」とかの意がもとの意味のようなのである。
今でもこの頑張るという言葉をひじょうに嫌う人がいる。 国学者の山田孝雄氏などもこの頑張るは嫌われていたそうでる。たぶん、猜疑固陋な自己主張の意味も付加されて嫌われたものと思う。
今でもやくざ隠語でがんばるは「見張る」につかっているというのも、わかる気がする。
詩人で作家の室生犀星もこの「頑張る」はきらっていたようだ。 おそらく「がんばる」という語感もきらわれた理由の一つではないかと思う。あまりにも上品な語感ではないからである。
人それぞれに受け止め方が違うから「がんばれ」を、うかつにいうのもどうかと思う。
応援は応援でいいんだけど、ほかに応援の言葉がないから、つい「がんばれ」といってしまうのだけれど。(世の中には最近がんばりたくないというひとも多くなったらしいから気をつけないいけない)でも汗を流してがんばっているたとえば高校野球の練習風景をみても、 ついガンバレと言いたくなるよね。
三本の指には入る、ということ。
日本には実に多くの三本指に入るというか、「三大〜」というのがある。なぜ三本の指なのかしらない。
ただ、誰でもよく知っているたとえば三大美人。といえばクレオパトラ、楊貴妃、小野小町。というように。
ただし、個人的な依怙贔屓というか趣味も入ってくると、訳がわからなくなる場合もある。一応、三大云々といわれているモノを以下に列記しょうっと思う。むろん私自身の独断と偏見も混じるに違いないが許していただくことにする。
○日本三景「陸前高田、安芸巌島、丹後天橋立」
○三名山「富士山、白山、立山」わが県の立山とお隣の白山が入っているのが嬉しい。
○日本三大祭「東京神田祭、京都祇園祭、大阪天神祭」浅草や博多は何故か入れない。
○三大霊山「比叡山、高野山、恐山」
○三名園「水戸偕楽園、岡山後楽園、金沢兼六園」
○三大河「利根川、筑後川、吉野川」
○川の長さでは「信濃川、利根川、石狩川」
以上、まだまだありますがとりあえずです。
ただ、誰でもよく知っているたとえば三大美人。といえばクレオパトラ、楊貴妃、小野小町。というように。
ただし、個人的な依怙贔屓というか趣味も入ってくると、訳がわからなくなる場合もある。一応、三大云々といわれているモノを以下に列記しょうっと思う。むろん私自身の独断と偏見も混じるに違いないが許していただくことにする。
○日本三景「陸前高田、安芸巌島、丹後天橋立」
○三名山「富士山、白山、立山」わが県の立山とお隣の白山が入っているのが嬉しい。
○日本三大祭「東京神田祭、京都祇園祭、大阪天神祭」浅草や博多は何故か入れない。
○三大霊山「比叡山、高野山、恐山」
○三名園「水戸偕楽園、岡山後楽園、金沢兼六園」
○三大河「利根川、筑後川、吉野川」
○川の長さでは「信濃川、利根川、石狩川」
以上、まだまだありますがとりあえずです。
直感とひらめきの大連立?
自民と民主の大連立ということで、小沢代表の引退劇も昨日は決着を見た。
「直感とひらめき」というワンフレーズに酔った人々は今何を思っているだろうか。このフレーズを作ったのは元首相の小泉さん。
直感も、ひらめきも意味として同じなのに並列にされた言葉から、何をかんじとったのだろう。昨日も某テレビで小池百合子氏が例に出して使っていたが、「直感とひらめき」という誠に古い、古すぎる感性におどろいた。
小泉さんのフレーズのその結果「格差社会」と「心身荒廃」しか残さなかった(むろんマイナス目で言えばだが)これは今後の日本の社会にたいしての重大な禍根ではないかと思う。
また首相の小泉さんによって生み出された小泉チルドレンたちの運命も同時に危ういもんだと思う。チルドレンも「直感ひらめき」の賜?泡(バブル)みたいなもんかな。それにしても政治家の数が多すぎるように思う。泡沫的政治家は国民の血税の無駄いにいつまでこうけんさせているのか。
「直感とひらめき」の危うさは「美しい日本」に受け継がれたが、どうして「美しい日本語」へと転嫁されることもなかった、すべては想像力の貧困と言わざるをえない。
そいえば、想像力の欠如こそ恐ろしい私たちの敵でもあるのだ。
「直感とひらめき」というワンフレーズに酔った人々は今何を思っているだろうか。このフレーズを作ったのは元首相の小泉さん。
直感も、ひらめきも意味として同じなのに並列にされた言葉から、何をかんじとったのだろう。昨日も某テレビで小池百合子氏が例に出して使っていたが、「直感とひらめき」という誠に古い、古すぎる感性におどろいた。
小泉さんのフレーズのその結果「格差社会」と「心身荒廃」しか残さなかった(むろんマイナス目で言えばだが)これは今後の日本の社会にたいしての重大な禍根ではないかと思う。
また首相の小泉さんによって生み出された小泉チルドレンたちの運命も同時に危ういもんだと思う。チルドレンも「直感ひらめき」の賜?泡(バブル)みたいなもんかな。それにしても政治家の数が多すぎるように思う。泡沫的政治家は国民の血税の無駄いにいつまでこうけんさせているのか。
「直感とひらめき」の危うさは「美しい日本」に受け継がれたが、どうして「美しい日本語」へと転嫁されることもなかった、すべては想像力の貧困と言わざるをえない。
そいえば、想像力の欠如こそ恐ろしい私たちの敵でもあるのだ。
現代詩〜乾く唇。
今日は、初めて現代詩を掲載します。
現代詩はあまり読まれることが少ないようにおもいます。このさい慣れ親しんでいただくとありがたく思います。
乾く唇
砂山は遙か沖に没していた…
死後とはいえ唇が乾く
まぼろしの夏の命運をはかるように
ぼくを呼ぶ声がする
比喩のように生きる歓びも
すててはいないからこそ、
引き返せない記憶の身体がある
いわゆる運命的な境界線で
無惨な裸身を晒していたあすの記憶
忘れろ、忘れろ、
もうひとりのぼくらふたり…
透明になりきれない言葉に縋ってみるが
ぼくというあなたの強がりは
あの夏の終わりからはじまっていた
確かに波打ち際を彷徨う幼い魂を見たと
真剣に語ってくれた、
それも「希望という不治の病」か
忘れろ、忘れろ、
まぼろしの夏の溺死というあすの記憶で
乾く南天 !
以上ですが。皆様はどのように感じられましたか。
なおこの作品は、今年の晩夏に某地方紙の依頼によって書いたもの。この詩は雲の写真を添えられて紙上に発表されたものです。
現代詩はあまり読まれることが少ないようにおもいます。このさい慣れ親しんでいただくとありがたく思います。
乾く唇
砂山は遙か沖に没していた…
死後とはいえ唇が乾く
まぼろしの夏の命運をはかるように
ぼくを呼ぶ声がする
比喩のように生きる歓びも
すててはいないからこそ、
引き返せない記憶の身体がある
いわゆる運命的な境界線で
無惨な裸身を晒していたあすの記憶
忘れろ、忘れろ、
もうひとりのぼくらふたり…
透明になりきれない言葉に縋ってみるが
ぼくというあなたの強がりは
あの夏の終わりからはじまっていた
確かに波打ち際を彷徨う幼い魂を見たと
真剣に語ってくれた、
それも「希望という不治の病」か
忘れろ、忘れろ、
まぼろしの夏の溺死というあすの記憶で
乾く南天 !
以上ですが。皆様はどのように感じられましたか。
なおこの作品は、今年の晩夏に某地方紙の依頼によって書いたもの。この詩は雲の写真を添えられて紙上に発表されたものです。
方言地図について。〜てもらいたい。〜てほしい。
以前に某所で書いた小文ですが、最近は特に若い人の言葉の乱れが気になる。イントネーションが関西だったり東北だったりしていて標準語なんてものは無視されているのか。わざとギャグ的につかっているのか。地方から出てきた若者の言葉がいりまじって、東京弁も今やあいまいになっている。
ところで、方言地図というのがあって地方の暮らしや歴史などの違いがわかり、 民俗学的にみても、言語学的からも想像力をかき立てる。
歌謡詩を書いているといっそう興味深い言葉の違いがある。
「〜てほしい」と「〜てもらいたい」の違い。東京では大正時代あたりまではほとんど「〜てもらいたい」が主流であったそうで、「〜てほしい」は関西が主流の言葉であったようだ。同じ意味だが、このように表現が違う。現在は「〜てほしい」のほうが、多いようにおもうが、これは私の住む北陸地方における感慨でしかないのかもしれない。
東京では「〜てもらいたい」に近いいいまわしで「〜てちょうだい」という言い方もある。女子供の言葉でしかないのかもしれないが、関西ではなんというのかしらない。「〜おくれ」というのを聴いたことがあるが、 「〜ちょうだい」に対して「〜おくれ」なのかどうかは、はっきりしない。
言葉は簡略化して、短くなる傾向にあるというが、東北地方の簡略化までにはいかないだろう。「わ」とか「な」とか一音では極端すぎるだろうから。
「〜てほしい」は軽いが「〜てもらいたい」は江戸時代の武士の言葉のように重い。だが、作家の言葉の頻度では森鴎外、二葉亭四迷あたりは、「〜てほしい」は全く使用してない、夏目漱石でも2%という統計もでている。
たとえば「〜返してほしい」と「〜返してもらいたい」では、どうだろう。「〜てほしい」は直接的なお願いなら「〜てもらいたい」は自尊心の高い願望にきこえるが、皆さんはどのように感じるだろうか。
ところで、方言地図というのがあって地方の暮らしや歴史などの違いがわかり、 民俗学的にみても、言語学的からも想像力をかき立てる。
歌謡詩を書いているといっそう興味深い言葉の違いがある。
「〜てほしい」と「〜てもらいたい」の違い。東京では大正時代あたりまではほとんど「〜てもらいたい」が主流であったそうで、「〜てほしい」は関西が主流の言葉であったようだ。同じ意味だが、このように表現が違う。現在は「〜てほしい」のほうが、多いようにおもうが、これは私の住む北陸地方における感慨でしかないのかもしれない。
東京では「〜てもらいたい」に近いいいまわしで「〜てちょうだい」という言い方もある。女子供の言葉でしかないのかもしれないが、関西ではなんというのかしらない。「〜おくれ」というのを聴いたことがあるが、 「〜ちょうだい」に対して「〜おくれ」なのかどうかは、はっきりしない。
言葉は簡略化して、短くなる傾向にあるというが、東北地方の簡略化までにはいかないだろう。「わ」とか「な」とか一音では極端すぎるだろうから。
「〜てほしい」は軽いが「〜てもらいたい」は江戸時代の武士の言葉のように重い。だが、作家の言葉の頻度では森鴎外、二葉亭四迷あたりは、「〜てほしい」は全く使用してない、夏目漱石でも2%という統計もでている。
たとえば「〜返してほしい」と「〜返してもらいたい」では、どうだろう。「〜てほしい」は直接的なお願いなら「〜てもらいたい」は自尊心の高い願望にきこえるが、皆さんはどのように感じるだろうか。
美空ひばりが聴けない知識人
ここにその「現代日本の詩歌 吉本隆明」のなかの美空ひばりの部分を抜き書きしてみたい。読まれた方も多いと思いますが。
「私は美空ひばりさんという歌手を世界的な歌手として、とても高く評価している。日本語の唄を欧米の有名なコンサートホールで歌っても、現地のひとにきちんと通じる歌手だ。うまさ、雰囲気、表現力。欧米の人も、世界的レベルの歌手だとすぐわかるだろう。日本人のクラシック音楽の歌手は、日本ではうまいかもしれないけれど、世界レベルにはなかなか達しない。欧米では日本人でもこれぐらいは歌えるのかと珍しがられるだけだ。でも美空ひばりさんは実力で、海外の聴衆を驚嘆せるだろう。」ここまで読まれれば、後は省略しても美空ひばりに対する評価は十分伝わるだろうが、もう少し先まで抜き書してみます。
「日本の歌曲の特徴は、それは演歌の特徴といってもいいが、言葉をメロディ−にしてしまい、同時にメロディ−を言葉として聴くことが出来る云う点にある。」
この箇所はまさしく卓見であろう。
「美空ひばりさんはこのような日本人に最大限訴える歌い方をしている。たとえば、「ひばりの佐渡情話」に特徴的なのだが、高い声でのばす部分がある。音に過ぎないのだけれど、ひばりは言葉として歌い、日本の聴衆は言葉として聴いている。美空ひばりさんの歌声は単なる音でなく、表面に現れない意味が一杯に詰まっている。日本の知識人は、演歌を低俗だと退けたり、演歌に感心するのを恥ずかしいと思ったりする人がいる。一方、日本の大衆は演歌が好きで、美空ひばりさんが特権手にすぐれていることを知っている。両者の間には深い溝がある。」と吉本氏は述べている。
ここまで大変、長い引用になってしまったが、これほど丁寧にわかりやすく美空ひばりと演歌についての優位性を述べた評論も少ないだろう。というか、私は知らない。今日はここで一応、終わりとします。この先の美空ひばりが亡き後の演歌については別の機会に考えたい。
「私は美空ひばりさんという歌手を世界的な歌手として、とても高く評価している。日本語の唄を欧米の有名なコンサートホールで歌っても、現地のひとにきちんと通じる歌手だ。うまさ、雰囲気、表現力。欧米の人も、世界的レベルの歌手だとすぐわかるだろう。日本人のクラシック音楽の歌手は、日本ではうまいかもしれないけれど、世界レベルにはなかなか達しない。欧米では日本人でもこれぐらいは歌えるのかと珍しがられるだけだ。でも美空ひばりさんは実力で、海外の聴衆を驚嘆せるだろう。」ここまで読まれれば、後は省略しても美空ひばりに対する評価は十分伝わるだろうが、もう少し先まで抜き書してみます。
「日本の歌曲の特徴は、それは演歌の特徴といってもいいが、言葉をメロディ−にしてしまい、同時にメロディ−を言葉として聴くことが出来る云う点にある。」
この箇所はまさしく卓見であろう。
「美空ひばりさんはこのような日本人に最大限訴える歌い方をしている。たとえば、「ひばりの佐渡情話」に特徴的なのだが、高い声でのばす部分がある。音に過ぎないのだけれど、ひばりは言葉として歌い、日本の聴衆は言葉として聴いている。美空ひばりさんの歌声は単なる音でなく、表面に現れない意味が一杯に詰まっている。日本の知識人は、演歌を低俗だと退けたり、演歌に感心するのを恥ずかしいと思ったりする人がいる。一方、日本の大衆は演歌が好きで、美空ひばりさんが特権手にすぐれていることを知っている。両者の間には深い溝がある。」と吉本氏は述べている。
ここまで大変、長い引用になってしまったが、これほど丁寧にわかりやすく美空ひばりと演歌についての優位性を述べた評論も少ないだろう。というか、私は知らない。今日はここで一応、終わりとします。この先の美空ひばりが亡き後の演歌については別の機会に考えたい。
思いやり、という演歌。
黒木憲が亡くなる前にリリースした曲だったとおもうが、彼の息子はいま歌をやめたんだろうか。ふと思いだしている。黒木憲といっても若い人には知られていないかもしれない。
ところで、「他人にやさしく、自分に厳しく」とは、よく言われることがだけれど、
よくいわれるということは、それとは逆ことがおおいということでもあるのだろうか。他者にやさしくといっても、あくまでも相対的なことで自分と他者を対比してとらえるのは、むずかしい。
現在は格差社会といわれるているが、どうも自分にあまく、他者に厳しい、といったおもいが、私の中でも生きているようで、常に反省をうながされるのだが〜、おもいやり、ということばが、最近は形見が狭そうで、いとしく思える。
黒木憲の「霧にむせぶ夜」や「夜の東京の片隅で」といった男の哀愁をテーマーした演歌も、このところ生まれていないが、団塊の世代はこの歌をどんな気持ちできいたんだろうか。彼らのなかには学生時代にゲバ棒をふりましたことに口をぬぐって会社に尽くしたであろう内面の変化が、しりたいと思う。
「おもいやり」とは他者たいしてではなく、いつのまにか自分にたいする言葉「おもいやり」にかわりつつあるようで、……ただただ、寒い。
ところで、「他人にやさしく、自分に厳しく」とは、よく言われることがだけれど、
よくいわれるということは、それとは逆ことがおおいということでもあるのだろうか。他者にやさしくといっても、あくまでも相対的なことで自分と他者を対比してとらえるのは、むずかしい。
現在は格差社会といわれるているが、どうも自分にあまく、他者に厳しい、といったおもいが、私の中でも生きているようで、常に反省をうながされるのだが〜、おもいやり、ということばが、最近は形見が狭そうで、いとしく思える。
黒木憲の「霧にむせぶ夜」や「夜の東京の片隅で」といった男の哀愁をテーマーした演歌も、このところ生まれていないが、団塊の世代はこの歌をどんな気持ちできいたんだろうか。彼らのなかには学生時代にゲバ棒をふりましたことに口をぬぐって会社に尽くしたであろう内面の変化が、しりたいと思う。
「おもいやり」とは他者たいしてではなく、いつのまにか自分にたいする言葉「おもいやり」にかわりつつあるようで、……ただただ、寒い。
日本の子守唄について。
わらべうたとしての 「子守唄」についての池上嘉彦氏の優れた論考がある。
それによると「子守唄」は「わらべうた」の仲でも特殊な部類に属するという。それはふつうの「わらべうた」は子どもが歌うものだが「子守唄」にはもっぱら、大人が小どもに歌って聞かせるものだからである。その中でもまたいくつかの種類に区別することができるという。
1、「眠らせ唄」とよばれるもの。これは文字通り小どもに歌って聞かせて眠らせることを目的としたもので、一番代表的な「子守唄」〜「ねんねんころりよ、おころりよ(江戸の子守歌)など。
2、「遊ばせ唄」がある。子どもをあやしたりなどしながら、いろいろなものの名とかおもしろい音の組み合わせなどをとりいれた歌詞を聞かせるもの(「数え歌」のような形をとることもある)
3、子守りをする女性が仕事のつらさを訴えるような内容のもの。〜代表的なものとしては「五木の子守歌」などが有名だろう。
世界中に子守歌はあるが、西欧では「ゆりかご」やベッドにねかした子どもをあやす女性のイメージと結びつけられたりするが、日本の伝統的なイメージはねんねんこを着せて子どもを背中にしょって、ゆすってやりながら子守歌をくちずさむ女性(母親)の姿であろう。
日本の大学で経済学を講義したドイツのジンがー(1886−1962)は、この子守りの姿が印象深いものであったらしく、欧米の男性に比べて日本の男性にみられる「甘え」の心理的構造を指摘している。しかし必ずしも母親の背中で眠らせられる幼児体験が、西洋の男性に比べて軟弱な精神構造をもつという結論は、いかがなものかと想う。
さらに、〜小泉八雲も「子守唄」ついて書いた文章があるが、長くなるので省略する。
(この続きは明日以降のまたの機会にしたい)
それによると「子守唄」は「わらべうた」の仲でも特殊な部類に属するという。それはふつうの「わらべうた」は子どもが歌うものだが「子守唄」にはもっぱら、大人が小どもに歌って聞かせるものだからである。その中でもまたいくつかの種類に区別することができるという。
1、「眠らせ唄」とよばれるもの。これは文字通り小どもに歌って聞かせて眠らせることを目的としたもので、一番代表的な「子守唄」〜「ねんねんころりよ、おころりよ(江戸の子守歌)など。
2、「遊ばせ唄」がある。子どもをあやしたりなどしながら、いろいろなものの名とかおもしろい音の組み合わせなどをとりいれた歌詞を聞かせるもの(「数え歌」のような形をとることもある)
3、子守りをする女性が仕事のつらさを訴えるような内容のもの。〜代表的なものとしては「五木の子守歌」などが有名だろう。
世界中に子守歌はあるが、西欧では「ゆりかご」やベッドにねかした子どもをあやす女性のイメージと結びつけられたりするが、日本の伝統的なイメージはねんねんこを着せて子どもを背中にしょって、ゆすってやりながら子守歌をくちずさむ女性(母親)の姿であろう。
日本の大学で経済学を講義したドイツのジンがー(1886−1962)は、この子守りの姿が印象深いものであったらしく、欧米の男性に比べて日本の男性にみられる「甘え」の心理的構造を指摘している。しかし必ずしも母親の背中で眠らせられる幼児体験が、西洋の男性に比べて軟弱な精神構造をもつという結論は、いかがなものかと想う。
さらに、〜小泉八雲も「子守唄」ついて書いた文章があるが、長くなるので省略する。
(この続きは明日以降のまたの機会にしたい)
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